集団的自衛権がもし反対に「否認されたら」 ~日本に徴兵制が復活するかも!?  ~


安倍君は、国際町という町に住んでいます。

国際町には、二人の大富豪がいました。中国君と、アメリカ君です。

 

アメリカ君は、ちょっと主張が強すぎて、皆から煙たがられるところがありますが、そのリーダーシップの強さで、国際町の多くの住人から信頼されていました

 

対して、中国君はとってもわがままです。他人の持っているものがうらやましくて、うらやましくて、仕方がありません。勝手に友だちの物を奪って、自分の物にしてしまったり、他の住人からお金を巻き上げたりするので、周りの人たちは、とっても迷惑していました。でも、中国君を町から追い出すことはできません。町のスーパーや病院、工場の多くは、中国君の会社から商品の多くを仕入れているからです。

 

安倍君の家の隣には、ご近所さんたちが住んでいる、

「メゾン・東シナ海」がありました。

メゾン東シナ海の、ベトナム君やインドネシア君、台湾君たちと安倍君は、大の仲良し。そんな平和なご近所さんとの暮らしの日々に、突如暗雲が立ち込めました。

ある日、メゾン東シナ海に住んでいるみんなが、安倍君に深刻な顔でいいました。

「安倍君、さいきん中国君が、僕たちのアパートの土地をほしがっているみたいなんだ。僕たちのアパートは、病院にもスーパーにも、コンビニやガソリンスタンドも近くにあって立地条件がいいから、とってもほしがっているみたいなんだ。

最近、毎日のようにアパートにやってきては、「ひっこーし!ひっこーし!さっさとひっこーし!!!!」って喚いて、とっても迷惑してるんだよ。安倍君から何とか言ってもらえないかな。」

安倍君は、答えました。

「わかった、言うだけ言ってみるよ。」

 

その日のうちに、安倍君は中国君の門の前に立ちました。

だけど、中国君は、「自分と比べてお金持ちじゃない安倍君の話など、聞くつもりはない!」と、門前払いしてしまいました。

 

それから数日たちました。

 

ベトナム君やインドネシア君、台湾君たちの住む、安部君の家のお隣、メゾン東シナ海が、火事になってしまいました。どうやら、犯人は中国君のようです。

いくら喚いても場所を譲ろうとしない中国君は、強硬手段に出たのです。

アパートの裏からこそこそ逃げていく中国君を、安倍君は見てしまいました。

中国君は、安倍君に見られてしまったことに気づき、逃げ際にこういいました。

「都合がいいな、君の家の土地も気になってたんだ。

もしこれで君の家が燃えちゃったら、僕が君の家の土地を買ってあげよう。その代り、安倍君に、僕が持ってる強力な消防車を貸してあげるよ」

中国君は、不敵な笑みを浮かべながら逃げていきました。 

 

アパートの燃え方がひどく、安部くんの家にも火の粉が降り注いで今にも燃えそうです。

中国君を引き留めている余裕なんてありません。

それに、安倍君は中国君なんかに恩を売るつもりなんてさらさらありませんでした。

 

安部君は、消火器を使い、自分の家が火の粉で火事になりそうなのを防ごうとしました。

その時です。普段色々お世話になっている隣家の火事を消そうと、地元の消防隊に所属している、イギリス君やフランス君、アメリカ君がポンプ車を使って助けようと集まってきました。

安部君の家と、炎に包まれている隣のアパートの間には、ちいさな納屋があります。その中に、アメリカ君から借りている強力な可搬ポンプもありましたが、

「隣のアパートの燃え方が酷いから、貸した可搬ポンプを一度今だけ返してくれ」

アメリカ君に頼まれた安部君は、断ることができませんでした。

消防隊の皆は、お隣の安倍君にも消火活動をサポートしてほしいと言ってきました。

しかし、安倍君は火傷はしたくありません。サポートを断ってしまった安部君は、隣のアパートが燃えていくのを前に、ただただ呆然としているだけでした。


返した可搬ポンプの代わりにと、アメリカ君は安部君に新しく消火器を貸してくれましたが、安部君の家の業火を消すには、ほどほど力の足りない代物です。

前々から安部君は、「自分にとって、可搬ポンプはオーバースペックだ」と感じていたので、安倍君はアメリカ君に常々「小さいほうに借り換えたい」と言っていましたが、それも今となっては、時すでに遅し。安倍君は後悔で胸が張り裂けそうです。


結局納屋は家より早く燃えつきてしまいました。

納屋の火は安部君の家に燃え移り、大きな炎を上げました。
もしも、納屋の火だけでも、アメリカ君から借りていた強力な可搬ポンプで消せていれば、安部君の家が燃えてしまうことは避けられたかも知れません。

しかし、そんな後悔を余所に、安部君の家は炎に包まれていきました。
結局、安部君の持っていた小さな消火器だけでは、業火を防ぐことが出来ず、安部君の家は全焼してしまいました。


アメリカ君も、フランス君も、イギリス君も、遂にはお隣さんで仲良くしていたはずのベトナム君やインドネシア君や台湾君でさえも、「おとなりさんなのに消火活動のサポートすらしてくれなかった安倍君なんて、もう信用できないから放っておこう。安部君の家が燃えても、他の家は安部君の家が持ってる小さな消火器よりも立派なポンプ車があるから大丈夫さ。安部君の家が無くなったところで、僕らには何の不利益も無いんだから。」と、

安部君の家が業火に包まれて崩れ落ちそうなのを尻目に、

帰って行ってしまいました。
困った安部君は、必死で一人で火を消そうとします。

もう火傷なんか気にしている場合ではありません。
安倍君は、沢山やけどを負いながらも、必死で消火活動をしました。

すると、通りがかったスイス君とドイツ君、そして韓国君が、

「君も消防車を作れば良いじゃないか」と言いました。

「僕らはそれぞれ、家に大きなガレージを持ってる。そこでポンプ車を一から組み立てたんだ。部品を集めて、お金をためてね。君もそうすればよかったのに。」


ドイツ君は言いました。

「部品を集めるのは大変さ。お金もかかる。だから、僕たちは、部品を自分たちで作った。そのためのロボットも設計した。ロボットができれば、あとは自動で部品を作ってくれる。あとはその部品を売れば、お金も入ってくるってわけさ。」


スイス君は言いました。

「でもドイツ君、君はそうやって作った立派なガレージを、今は使ってないんじゃなかったっけ。」


ドイツ君は答えました。

「そうそう、ロボットが急に動かなくなっちゃったんだよ。で、部品の生産ラインもとまっちゃってさ。

まあ保険をかけておいたから保険金は入ったし、しばらく動かさなくてもいいかな。他にも仕事はしてるから、生活には困らないし。

また必要になってきたら、ロボットを治して動かせばいいと思ってるよ。

訓練が面倒だから消防隊はやめちゃったけど、まだ運営資金の提供はしてるんだ。僕の家が火事になった時に助けてもらえないと困るからね。

でも、辞めた時は消防隊の皆に大反対されたよ。

だから、一応名前だけは残してあるんだ。いずれ、どうしようもない時が来たら、消防隊にも復帰するつもりさ。」


スイス君は言いました。

「そうかぁ、ドイツ君は頭がいいし、手先が器用だから、自分で何でもできるもんね。僕なんかまだまだだよ。部品を作ってお金を儲けないと、暮らしていけないんだからさ。」


そこで、韓国君が口を挟みました。

「まぁ僕は、安倍君の家がどうなろうと知ったことじゃないけどね。自業自得さ、隣の火事を見て見ぬふりしたんだから。

それに、僕はロボットが止まっても治すよ、もし収入が無くなった時が不安だからね。儲けられるものは儲けておかないと損だよ。」


その言葉を聞いて、安部君は、考えを変えました。
「そうだ、今度はもっと立派で耐火性や耐震性の高い家を建てればいい。

そうしたら、ガレージも建てて、ロボットも入れて、部品を作って、お金を稼いで、何かあったときのためにポンプ車も備えておこう。

そして、今度こそ、他の皆に何かあったら助けに出ていけるように、消防隊にも入ろう。それが地元の皆との信頼関係を立て直す、唯一の方法だ。」


ここから、安倍君の復活の猛進撃が始まりますが、それはまた別のお話。

 

 

~解説~

ポンプ車と可搬ポンプ(消防団が装備している手で搬出するポンプ式消火装備。一般のポンプ車とほぼ同じ能力の放水能力がある装備)とは軍隊のことです。

自国の軍隊を、友好国の有事を収めることに使う。それによって、助けてあげた国から感謝され、より深い信頼関係と協助関係を作り、ひいては自国が有事の際に友好国に守ってもらうことに繋げる(またはその可能性を高める)。これが集団的自衛権であり、国際平和主義です。
対して、この話の中で、安部君自身が消火に使った消火器は自衛隊であり、その消火行動は自分の家に対してのみのものでした。安倍君は、やけどするのが嫌だからと、サポートの要請も断っていますね。

「自衛隊は自国を守る自衛活動のみにその力を行使するものとし、その他一切の活動においては、その力を行使しない。」

これが憲法9条の個別的自衛権であり、一国平和主義です。


可搬ポンプは、沖縄をメインに日本に駐留しているアメリカ軍のことです。当たり前のことですが、アメリカ軍は日本の物ではありませんから、日本が自由に使えるわけではありません。アメリカから出動要請があれば、近隣に駐在しているアメリカ軍が、その命令に従って武力行使を行います。

 

メゾン東シナ海は、もちろん南沙諸島の国々のことを指します。そして、南沙諸島の海域は、中国による侵略活動が進んでおり、南沙諸島の国々はそれに対して警戒を強めています。

物語の中で、中国君が放火した後の去り際に、捨て台詞を残しています。

つまり、南沙諸島における中国の侵略活動は、そのまま日本にも悪影響を及ぼす懸念があるということです。

これを傍観するということは、一時的に蚊帳の外には逃れていられるかもしれませんが、日本に飛び火するのは時間の問題です。尖閣諸島沖での中国軍の活動が活発化しているのが、何よりの証拠です。傍観していることが、日本にとっていい影響があるとはとても思えません。

物語の中で、安倍君はメゾン東シナ海の皆に頼まれて中国君に進言しようとしますが、門前払いされます。

今まで、日本は中国に対して何度も何度も対話の席を設け、または設けようとし、そのたびに平行線をたどってきました。

中国は、日本の説得なんて聞く気がないのです。


ですから、逆に集団的自衛権を行使して南沙諸島での中国の横暴な行為に反対を表明するということは、そのまま日本の自衛行為となるのです。


物語の中で、スイス君やドイツ君、韓国君が、「君もポンプ車を作ればいいじゃないか」と言ったのが、日本が軍を持つ可能性を示唆したものであり、そして、そんなスイス君達が自分でポンプ車を作るための部品やお金を調達したということ、それこそが徴兵制であり、そしてそれに付随する増税です。

ポンプ車を作るための部品は兵隊や国民のことであり、それを売ってお金を稼ぐということが増税です。部品を作るためのロボットは、徴兵制を定めた法律です。
スイスは永世中立国として名高いですが、その実、徴兵制によって兵力を維持している点に反対派の誰も目を向けていませんし、ドイツも2014年まで徴兵制を行っていました。ドイツについては今は廃止されていますが、徴兵制の復活に含みを持たせていますし、良心的兵役拒否についての議論が今なお進まないままです。
韓国に至っては、兵役を拒否すること自体が全く認められていない事実があります。国民から政府に対して「良心的兵役拒否を認めろ」という声が挙がっているにも関わらず、韓国政府は一切の良心的兵役拒否を否定しています。


憂慮すべきは、スイス軍もドイツ軍も、あくまでその軍力は国防に重きを置くものであると明言していることです。
しかもドイツにおいては、ニュークリアシェアリングの一員であり、核の傘を持っている国でもあります。


最近、映画監督のオリバーカーンさんが、日本に対して、アメリカの求めている集団的自衛権など破棄して、ドイツのようになれ、これではアメリカの言いなりだと発言したことが一部の人たちの間で話題になっているようですが、ドイツのようになるということは日本が軍国化し、平和維持のためという名目で核武装するということなので、とても容認できることではありません。

それに、何よりも、ドイツは集団的自衛権を認めている国ですから、オリバーカーンさんの発言は矛盾しています。そして、もっと見すえなければならない事実もあります。ドイツは集団的自衛権を認めていながらも、それを行使することを拒んだ経緯を持つ国なのです。

お話の中で、ドイツ君は「消防隊はやめたけど、資金援助はしてるんだ」と言っています。

 

イラク戦争において、ドイツは集団的自衛権を行使することを否認し、金銭的支援に徹するとして、集団的自衛権を行使してイラク戦争に参加した他の国から大批判を浴びました。しかし、それ以前の紛争では、ドイツは集団的自衛権を行使し、国連軍として戦地に赴き、紛争を収める作戦に参加して、実際に多大な功績を挙げているのです。
この歴史を見ても明らかなことは、集団的自衛権を行使するかどうかは、有事の際、行使前に議論することが必要であり、そこで行使するかどうかを選ぶことができるという余裕があるということです。集団的自衛権は、権利であって義務ではないからです。

 

物語の中で、安倍君はお隣のアパートの火事の消火活動に参加することを、「やけどをしたくないから」と拒んでいます。しかし、結局、安倍君は、数々のやけどを負いながらも、一人で消火活動をすることになるのです。しかし、その努力もむなしく、安倍君の家は全焼してしまいます。

お判りでしょうか。

自国の都合で一時は被害を避けることができても、最終的にはその倍以上の被害をこうむることになるということが。

また、国対国だけではなく、テロ組織に対抗できるかどうかも重要だという人もいますが、この集団的自衛権の行使を「認める」ということは、テロ行為に対抗している国際諸国を補助する、叉は補助できるんだという、日本の「テロには屈しないぞ」という意志を示すものでもあります。
確かに、こういう意志を示すことは、却ってテロ組織を逆撫でする事につながりかねませんが、逆に、こういう意志を表明しておかないと、国際的な対テロ行動に関しても、「日本には大して期待できない」というイメージを与えてしまいます。
そもそも、テロ組織だって、自分達に対して国際諸国が集団的自衛権を行使して国連軍として対抗してくるだろうことは分かっているはずです。世界を相手にテロ行為をするということは、そういうことですからね。
ですから、日本の今回の集団的自衛権の行使容認の表明は、世界的に見て至極当たり前のことであり、そこまで「相手を逆撫でしないだろうか」と気をもむことではないと思います。
そもそも今までの自衛隊はPKOに限って海外派遣をされていたわけですが、そういう国際平和維持活動は、対テロ行動をしている連合多国籍軍にとっては、悪い言い方ではありますが「どうでもよかった」のです。だから、もしPKOで自衛隊に殉職者が出てしまっても、「遺憾である」というコメントしかよこさないでしょう。

(しかし、アメリカにとっては、安保条約があるので、日本の自衛隊から死者が出たというのはISに対する攻撃を加速する格好の言い訳になります。実際、日本人人質殺害事件があってから、アメリカの攻撃は強くなっています。しかし、IS側もそれに対抗して攻撃を強めています。戦いは戦いしか生まないのは事実ですが、日本が武力行使をしない後方支援に徹することで、「テロには屈しない、テロは許されることではないし、日本としては武力を行使せず平和的に解決したいんだ!」という国際平和への強い意志を示すことに繋がります。)

 実際、行使容認をする前の時点で、ISによって日本人から犠牲者が出ているわけですし、ISにとってみれば、集団的自衛権を行使している他国であれ、そうではなかった日本であれ、無差別に殺戮を繰り返しているのです。ISが「集団的自衛権を行使容認したから日本人を標的にする」というのは、もしかしたら人質をとる言い訳に使うかもしれませんが、そんなに深く考えているわけではありません。

もしこういう言い訳をISが使うようなことがあっても、「安部政権が集団的自衛権を行使容認したからだ!」なんていう批判はそもそも的外れです。
日本はこれをふまえて、たとえISがそのような言い訳を使おうとも、テロリストの矛盾した言葉に惑わされることなく、確固たる意志で対抗しなくてはなりません。

 

今回、集団的自衛権の行使を容認するということは、日本が多国籍軍の友軍の一員となるということです。これによって、確かに自衛隊の海外活動における危険度はあがります。ですが、友軍であるということは、友軍に守ってもらえるということでもあります。
日本は先制攻撃をしない国ですから、もし集団的自衛権を行使してほしいという要請があったとき、日本は「当たり前だけど、日本は先制攻撃をしない国際平和主義国ですから、後方支援をする自衛隊を友軍として護衛してくれますよね。そして、後方支援に行く条件として、別にPKO活動をしている自衛隊にも護衛をつけていただきたい。そうできないのであれば、自衛隊の安全は担保されないので、日本は後方支援には参加できない。後方支援をする意欲は多分にあるが、日本を守るという意志を多国籍軍にも示してほしい」という外交カードを使うことができます。
つまり、自衛隊の海外活動において、危険度以上に安全度も拡大される可能性があるということです。

 

総じて、集団的自衛権の行使を認め、このような形で積極的武力行使をせずに、日本として国際平和への強い意志を示し続けることは、世界的に「テロ行為や戦争は許さない」という声を強めることに繋がり、確実にテロ行動や戦争などの、「国際平和を揺るがす事態」への抑止力となるでしょう。
声が声を呼ぶ抑止力、それが安保法案によって実現する可能性もあるわけです。

中国を除く世界各国で、この集団的自衛権の行使容認が評価されていることこそが、安保法案の正当性を証明しています。


個別的自衛権に徹してしまうと、やがて日本の考え方は変わり、戦後の高度成長期がまたやって来るでしょう。戦前の日本と違うのは、日本が右傾化し、軍国化への道を進むのではないかという懸念があることです。


忘れないでください、戦時中の日本は国際社会から孤立していたことを。

個別的自衛権のみでは戦争に巻き込まれることはないのでしょうか。いや、国際社会の一員であり、様々な国から輸入を行い、何よりアメリカの基地があるのに、現時点で戦争があったときに、狙われない理由なんてどこにもないのです。
自衛隊というのは国を守るためにあるのです。「後方支援に行ってしまったら、自衛隊の人が狙われて亡くなるかもしれない。大問題だ!」なんていう人は、まずその大前提から見直すべきです。
集団的自衛権の行使容認は、もし後方で日本がねらわれた際に自衛したら武力行使にあたるのでしょうか?否、戦争に巻き込まれて今の個別的自衛権を行使した場合だって同じです。そんなことを言ったら、個別的自衛権自体が違憲になってしまいます。

まぁ確かに、今ここで急いで通す法案でもないかもしれません。
しかし、何かことが起こってしまったときに、今回のように110時間もかけ、更に理解をしようとしない国民の理解を取り付けるための最大限の努力をし、法案を通しているような余裕が、有事の際の日本にありますかね。
こういう議論は、出来るときにやっておいた方が良いと俺は思いますよ。
例え安倍さんがアメリカに対して集団的自衛権行使容認をすることを明言してしまったからこそ今回の採決に至ったとしても、です。
いずれ避けることのできない議論になることは確かなのですから。